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1985年8月12日”日航ジャンボ機墜落事故”を振り返って

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こんにちは。 山田です。

1985年、8月12日。
私はまだ学生でした。

正直あまり触れたくないことなんですが
、今回あえて書きたいと思います。

夜のニュースでJAL123便が
消息不明のニュースを聞いて、
たいへん驚いたのを覚えています。

そして、

”日航ジャンボ機墜落”

そうはっきりわかったのは
翌朝でした。

若い方などは、
ご存じないかもしれませんね。

事故の詳細に関しては、
ネットでいろいろ載っていますので、
調べていただければわかりますが、

羽田発伊丹行きのJAL123便が、
群馬と長野の県境にある
御巣鷹山の尾根に墜落した
日本では最悪の航空事故でした。

そして、この事故以降、
羽田発伊丹行きJAL123便は
今現在も欠便となっています。

夏休みということもあり、
乗員・乗客あわせて524名の満席便。

有名芸能人や大きな会社の社長、
著名人も多数、
中には小さなお子さんも
搭乗していました。

帰省する方、出張する方、旅行する方、
それぞれの目的を持って、
それぞれの思いで
乗っていたことでしょう。

離陸して間もなく状況が一変。

異常を感じてから墜落するまでの時間、
どれだけの恐怖を感じていたのか、

到底 私ごときが計り知ることなど
できません。

これだけ大きな事故になりますと、
その事故原因には
あらゆる憶測が流れます。

私は整備に不備があっての事故だと
思っていますが、

中には、自衛隊や米軍の誤射、
国家の陰謀説まで面白おかしく
書いている記事もあります。

その真偽はどうあれ、

確実に言えることは

”この事故によって、
520名もの尊い命が失われた”

という事です。

これは紛れもない事実ですよ。

そのような記事を読んでいると、
どうもそのことが
置き去りにされている気がして
残念に思えてなりません。





●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇

飛行機ってとても便利な乗り物です。

列車やクルマでは
何時間もかかるところを、
1,2時間程度で目的地まで運んで
くれますもんね。

今や誰でも気軽に乗れる乗り物として
利用されているのですから、

このような事故は絶対あっては
いけないのです。

日本航空では、この事故の教訓として
安全啓発センターを開設しました。

残存機体や、コックピット、
ボイスレコーダー、
乗客の方々の遺書やご遺品などを
展示しています。

このような悲惨な事故を
二度と起こさないと
誓いを込めてのものです。

近年、航空業界はLCC参入など
競争が激しくなってきていますね。

搭乗者のとって、運賃が安くなることは
歓迎なのですが、価格競争のツケが
安全を脅かしはしないか
いささか不安を感じます。

私は、日本の航空整備は技術も高く、
万全であると信じていますが、

どうか、安全のコストカットだけは
しないで頂きたいと願います。

一度事故が起きると、
搭乗者はもちろんですが
その被害者遺族が生涯にわたって
苦しむことになるのですから。

私たちが安心して、
そして当たり前に空の旅ができるよう、
航空関係に携わる方には
是非ともお願いしたいと思います。





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この悲惨な航空事故から15年後。

ボイスレコーダーが公開されました。

最後まで乗客をいかに守ろうとしたか、、
まさに命懸けで操縦不能の機体と格闘した
機長、副機長の音声が残っています。

是非聴いてみてください。

ボイスレコーダーと飛行経路

最後に、
亡くなられた方々のご冥福を
お祈り申し上げると共に、
ご遺族・関係者の皆様に心より
お見舞い申し上げます。

ここまでお読みいただきまして
ありがとうございました。

以上、山田でした。





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